きのう14日
<上京>して上野を歩いた
上野駅を公園口に出ると
道路を隔てた東京文化会館とのあいだの小さな広場は
いつになく人であふれていた
そうした中を
小学生の一団が老若の人々を縫うように広小路の方へ流れて行く
私たちは
たちまちその喧騒の中へ巻き込まれてしまった
何でこんなに人が居るのか
そのわけはすぐに理解できた
上野動物園のパンダを見に来たということだろう
ヨチヨチ歩きのパンダは今が見頃といったところか
上野動物園の入口
しかし私たちの目的地は動物園の右隣りに位置する都美術館である
フランドルの画家ブリューゲルの作品が100点ほど展示されている
フランドルはオランダの南部とベルギーの西部
それにフランスの北部にあたる地域
フランドル伯爵の領地だったところ
フランダースと言った方が年台によってはわかりやすいかな
フランドル美術というのは
16世紀から17世紀にかけてフランドルを中心に制作された美術
ということらしい
フランドル派の画家には
油彩画の技術を確立したというファン・エイクを初め
ルーベンスなども含まれる
ブリューゲルもフランドルの最盛期に活躍している
ちゃんと調べた(^^;
一口にブリューゲルというけど
これは父親であるピーテル・ブリューゲル(父)
息子が二人居て
同じ名前のピーテル・ブリューゲル(息)とヤン・ブリューゲル(父)
ヤン・ブリューゲル(父)の息子に同じ名のヤン・ブリューゲル(息)
さらにヤン・ブリューゲル(息)の子がアブラハム・ブリューゲル
ヤン(父)の娘婿がダフィット
およそ150年間にわたっている
例えば
父のピーテルの描いた絵を息子のピーテルはひたすらそっくり複製する
この時代カラー複写機があったわけではないのだ
それで息子のピーテルには「地獄の」という通称があったようだ
可哀<そだね>
そういうわけで
この一族の描いた作品にはコピーがたくさんあるそうだ
とりわけ「バベルの塔」を初め寓意を表現したもの
花の静物などはずいぶん人々の手に渡って広まった
その花とかその器とかが実に精密なもので
これはカラー写真かと疑おうとすれば疑える
写真そのものは対象をしっかり平面に写し取る技術だったわけで
「写真術」が現れるまではこうした細密画がその役割も果たしていたのだろう
ブリューゲル展の最後を飾るのは
農民たちを描いたたくさんの生き生きとした日々だ
21世紀も20年近くが経った
相変わらずのマネーゲームが繰り返されて
庶民はついに弾き出されることとなった
私たち庶民は再び農地に還り
新しいやり方を作り出して行くほかはあるまい
2018年3月
上野のブリューゲル展
ここでも観覧者の大半はご婦人である
しかも若い人が多いのは希望が持てる
今はわからなくともいい
たくさんのものを見て感じて
この世界の明日のルールを作る糧にしよう
今は農民たちの婚礼の祝宴に紛れてせいぜいポルカを踊ろうじゃないか
なんだろ
写真は全て拡大出来ます