わが家の西の外れのツリーハウスは若い人たちでにぎわっていた。
かつてこのツリーハウスを作り上げた四人の女子学生たちととその夫君、ベビー二人、
そして娘たちが作り上げたというツリーハウスをぜひ見たいと特別に参加してくださったお母さんといった人たち、
そして家内と私がその輪の中に居た。
彼女たちが卒業してからすでに七年という月日が過ぎている。
「女子学生たち」も今はそれぞれに結婚し、教員や保母、幼稚園教諭、はたまた畑違いの金融関係で働いている。
四人のうちの一人は今妊娠中ということで参加できず、
とても残念がっていたと聞いたが、
ツリーハウスはこの日若々しい熱気にあふれていた。
この人たちはM子さんの教え子である。
この三月、
M子さんが定年退職したのを記念し祝おうということで連絡を取り合ってこの日を設けてくれたのだ。
三時を過ぎて、
彼女たちからお呼びがかかった。
わずかな暇に思い出のツリーハウス造りの頃のパネルを作り、花束と共にM子さんに捧げてくれたのである。
何とも心優しい人たちである。
私も思わずほろりとさせられたことは言うまでもなかろう。
この集まりにはもう一つの意味があった。
立ち上げて七年を経たツリーハウスも、
土台となっているクヌギの幹の直径が当時より10センチも太くなり、
この木をサンドイッチ状に挟んでいる板が割れているのだ。
この際ツリーハウスを解体して元に戻すか、
修理して今しばらくこのままの状態を維持するか、
別の木に新たにツリーハウスを築くかということを決めることである。
この件は、
このツリーハウスの土台をすっかり作り直すことが出来るかどうか、
ひとまずホンモノの大工さんに調べてもらうということになったが、
気分はすでに新しいツリーハウスを立ち上げる方向に向いているようだ。
何しろ、
ツリーハウスは子どもたち(そして大どもたち)の秘密基地であり、
その中でさまざまな空想をし、計画し、そして飛び出して行くための場所であり、
彼女たちの卒論のテーマも、
その基地の中から何が見えて来るかということでもあったが、
いつか、ツリーハウスは彼女たち自身の心の基地ともなって行ったのだろうか。
今なお、
このツリーハウスは若者たちの出会いの場所であったりしている。
子どもらはここでパンを食べ、
お絵かきをし、
鳥寄せの笛を吹いてオオワシを呼び、
ままごとのようなことをして過ごしている。
一度ツリーハウスで過ごした子どもらも人々も、くぬぎの森へやって来るときっと二度目にも三度目にもツリーハウスを訪れる。
ツリーハウスは出会いの場所であると同時に、
人と人の心を結び合わせる。
実際、
ここを訪れた若い人たちの何組かが結婚したと報告してくれている。
KOHARUちゃんとAKITO君たちにも、
ツリーハウスで遊ぶ「権利」がありますと言いながら、
七時を過ぎてそれぞれのわが家へ戻って行きました。
春のうれしい一日でした。