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Channel: KANTO's パン焼き人は荒です(^^♪
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山桜あはれ

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月曜日の朝食はボクが炊いた。
ネット情報にあった「トマトめし」。
炊飯器でご飯を炊く時、
へただけ取り除いたトマトを丸ごと一個入れておくだけ。
チーズなどを入れたら・・・、
と追記されていたが、
そんなことは何もしなかった。
ただの赤まんま。
あとは冷蔵庫の中にあったお惣菜を並べただけ。
 
「桜、伐らなくちゃねぇ」
朝の貧しい食卓でM子が言った。
山桜の幹の損傷が次第に大きくなって来ていて、
放置していれば小店舗の屋根に倒れはしないかと、
ずっと前からいずれ伐ろうということになっていた。
 
「でもねぇ、木を伐るのはどうもねぇ」と、
私の中に躊躇するものがある。
だって木には命があるだろ。
せいぜい大きくなって、
目立たぬ花を咲かせ、
やがてささやかな実をつける。
派手でもないし、
実が美味しいわけでもない。
果実酒にしたことが一度くらいあったろうか。
だからと言って伐ってしまうというのはあまりに勝手すぎる。
『桜の下には骨がある』と言うのは、
あれは山桜のことではないだろうが。
 
この山桜は、
お隣の農家がくぬぎを伐る時に、
幹を抉られた。
くぬぎは余り大きくならないうちに伐り倒してシイタケ栽培の台木にする。
そのための伐採ばかりではなかったようだが、
「庭に伐り倒さなければならないのもいくつかあるのでよろしく頼みますが・・・」
と挨拶に見えたのを、
「それはやめて欲しい」とは言いかねた。
木を伐りたくないなんてのは、
何も知らない都会人の言いぐさだと言われそうでもあった。
 
山の中の木は大きくなると台風の折などに倒れて一生を終わるが、
居住地にあるものは、
何年かに一度は手を入れないと思わぬ事故になりかねない。
そんなわけで庭の南側にあったくぬぎが伐られた。
ここへ越して来て三年め、
まだパン屋さんをやろうなんて考えてもいなかった頃のことだ。
今では、
わが家の敷地内にあるくぬぎだけが生々と枝を伸ばしている。
 
庭に次々に伐り倒されるくぬぎの一本がこの山桜の幹を抉ったのだ。
樹皮の損傷は決して元に復することはない。
むしろ年ごとに傷そのものが広がって行く。
もう一両年のうちにはどうしたって伐らなければなるまいと思うものの、
その心が決まらずもう五、六年は経ってしまった。
 
「せめて左の幹だけでも」
というのがM子の近頃この話題での言いようである。
そうまで言われてはどうにかしないわけには行かない。
 
イメージ 2
 
 
いざ伐る段になって、
この幹が小店に向かって傾いでいるのがやはり気になった。
梯子をかけてロープを結び付けた。
手前に引こうということになった。
それにしても、
非力なM子さんがロープを引くのではどれほどの効果があるのだろう。
私はチェンソーを回さなければならないから、
ロープを引くことは出来ない。
 
伸ばしたロープの長さを半径にして考えると、
たとえ渾身の力でロープを引いたとしても手前には倒れそうもない。
根元で二又になっている二本の幹を別のロープで縛り、
さてチェンソーを回そうとして気が付いた。
落ち葉を掃きだすためのブロワーを動かした時、
「混合燃料」を使い果たしてしまっていた。
 
やむなく車を駆って町中のスーパーへ行った。
ついでにいくつか買い物もして戻って来るだけで小一時間かかった。
ここでは、
ちょっと買い物と言っても、
事実は山を下り峠を一つ越える仕儀となる。
 
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夕陽の中でチェンソーを回して、
山桜の幹に歯をあてた。
幹の全体としてはおそらく1トンくらいの重量はあろうか。
立木は重量のすべてが垂直に働くから、
たとえ直径十センチばかりの木でも一気に切るのは難しい。
チェンソーの歯が木の重さに捉えられて動かなくなる。
まして直径三十センチもの幹となるとコツを知らずには絶対に切れない。
 
まず切り倒す方向を見定め、
そちら側にVの字に切れめを入れる。
 
余談たが、
パンのレシピで、
「クープを入れる」ことを「切りめを入れる」と書いているのがある。
誰が言い出したものかそれが当たり前になっているらしい。
「切りめ」なんて日本語があったろうか。
『金の切れめが縁の切れめ』という。
今時の編集者はどうだろね。
ワープロ原稿をそのまま活字にしているから、
こういうのが平気でまかり通る。
ある著者がそう書いて本にすると、
それが当たり前になる。
 
や、失敬。
で、
今度は反対側の斜め上からV字に向けて歯を入れる。
これでも時折歯が引っ掛かるものの、
何とかなる。
こんなことは、
農家の方がくぬぎを伐った時に遠くから見ていて覚えたことだ。
 
ご覧のように、
山桜は小店の屋根をわずかにかすめて、
隣りの薪小屋の屋根に倒れた。
それにしても、
よくまぁ微妙な空間に倒れたものだ。
 
イメージ 4
 
倒れた山桜を六十センチほどの長さに切り分け、
小枝を処理し終わる頃にはすっかり陽が落ちた。
 
イメージ 5
 
切り株に塩を撒き、
手を合わせて祈った。
 
もうすぐ今年も暮れる。
 

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